福岡県北九州市の旧門司三井倶楽部(大正モダン建築探訪)

◆旧門司三井倶楽部
　・・・・・・大正10年築、ハーフティンバーが美しい港町の倶楽部建築


　先週から始めさせて頂いた、福岡県北九州市門司港の建築紹介。そういう事で本日取り上げるのは、前回の旧大阪商船門司支店の隣に建つ旧門司三井倶楽部である。

　現在では門司港レトロ観光の要的な存在になっている、旧門司三井倶楽部だが、大正10(1921)年に竣工したもの。その施設名が示す通り、三井物産の社交クラブとして建てられたもので、当初は門司港より東側にあたる谷町にあった。
　また戦後は財閥解体に伴い、三井倶楽部の所有が国鉄へと移り、門鉄会館と改称された。そして昭和62(1987)年の国鉄民営化に際し、国鉄清算事業団の管理下に置かれ一時は解体も検討されたが、平成2(1990)年に北九州市が建物を取得。そして4年後の平成6(1994)年に移築工事が完了し、一般公開が始まっている。

　外壁に木骨を露出させた、ハーフティンバーが美しい旧門司三井倶楽部。竣工間もない大正11(1922)年には、かの天才物理学者：アルベルト・アインシュタイン(1879～1955)が宿泊したことから、当時の内装を復元した[アインシュタイン・メモリアルルーム]が設置されている。この他にも地元関門地区出身の女流作家・林芙美子(1903～1951)の記念館、レストランが併設されている。
　美しい建物だが、港町の周辺環境と今一つ合わないのは、当初は山間の谷町という場所に建設されたからだろう。やはりハーフティンバー建築は、緑豊かな内陸地がよく似合う。しかし4月の鮮やかな新緑が、ミスマッチな立地を帳消しにしてくれているようであった。

　さて建物の由来には注目が集まるこの旧倶楽部だが、設計者についてはあまり知られていないようである。旧門司三井倶楽部の設計を手掛けたのは、松田昌平(1889～1976)という建築家。福岡県直方生まれの松田昌平は、帝国大学卒の鉱山技師・松田武一郎(1862～1911)を父に持つ。なお弟の松田軍平(1894～1981)も建築家として、大正末から昭和にかけて大活躍する。
　また父・武一郎は大学卒業後、三菱へ入社。三菱が所有する鉱山の全てを統括するまでの、重要人物だったそうである。そして明治41(1908)には後藤新平(1857～1929)の招きにより、南満州鉄道(満鉄)撫順炭鉱の初代所長に就任するが、病魔に侵され明治44(1911)年に49歳の若さで亡くなっている。

　そして父・武一郎が逝去して間もなく、名古屋高等工業学校の建築科を卒業した松田昌平は、志し半ばで亡くなった父の意志を継ぐかのように、南満州鉄道(満鉄)の建築課に就職。大陸へと渡ったが、病気のため僅か二年で帰国してしまう。
　その後の活動は謎だが、昌平は大正8(1919)年に門司市に自身の建築事務所を開設。その頃に手掛けたのが、門司の三井倶楽部だったのである。ちなみに竣工当時、昌平は31歳という若さであった。大財閥三井の倶楽部設計を、どのような経緯で担当するようになったかは謎だが、三井倶楽部設計の大仕事を、昌平は見事にこなしたのである。

　また門司三井倶楽部の設計当時、20代後半だった松田昌平の若い感性や、大正の新しいモダン文化の影響もあってか、とても爽やかな仕上がりになっているのも、この作品の見逃せない点である。暖炉や天井の装飾や数々の調度品もシンプル、階段室の親柱も幾何学的なセセッション風など、建物内各所にその時代に流行したデザインがさりげなく見られる。以前見たときは感じなかったが、大正期らしい明るさをこの作品から感じた今回の訪問であった。
　さて次回は、門司港の桟橋通りに残る、松田昌平の弟・軍平が手掛けた巨大商社ビルディングを紹介する事にしたい・・・・。

◆旧門司三井倶楽部
　◎設計：松田昌平
　◎施工：不詳
　◎竣工：大正10(1921)年
　◎移築：平成6(1994)年
　◎構造：木造モルタル塗り2階建て
　◎所在地：北九州市門司区港町7-1
　◎旧所在地：北九州市門司区谷町
　　❖国指定重要文化財
　　❖経済産業省認定近代化産業遺産(平成19年)

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階段室の親柱。ガイドなとではアールデコ調と紹介されるが、筆者が思うにルネッサンスのスタイルに、大正中期のセセッションのテイストを混ぜた感じ。調度品も大正期の築らしく非常にあっさりしている。二階はアインシュタイン・メモリアルルームと林芙美子記念室。*************************************************************
★参考文献
「松田昌平の戦前における活動について」久保田圭太氏、建築学会九州支部歴史意匠委員会、2011年
「生き続ける建築　松田軍平」丸山雅子氏著、INAX　report　№176、2008年
★撮影・・・・・・2015年4月