函館金森商船34番倉庫(大正モダン建築再訪)

◆金森商船34番倉庫
　・・・・・大正5年竣工、函館の有力商人が防火対策のために建てたRC製倉庫


　大正4(1915)年晩秋、当時最先端の防火建材だった鉄筋コンクリート(RC)で、京都本山の阿弥陀堂を彷彿とさせる、大伽藍の本堂を竣工させた東本願寺函館別院 。
　のちに日本初の鉄筋コンクリート製寺院として知られる事になる函館別院だが、その建設を推進させたのは檀家総代の三代目渡辺熊四郎(金森：渡辺合名会社代表)であった。そして施工を手掛けたのは千葉県出身で、当時20代後半だった請負師・木田保造(1885～1940)である。

　今から百年前の日本国内は、 鉄筋コンクリート造の大建築など殆ど建てられていなかった時代。そして宗教施設という事もあってか、当時まだ珍しかった鉄筋コンクリートでの新本堂の建設は、檀家をはじめ関係者たちの理解を得られなかったようで、起工当初は建設資金の寄付が殆ど集まらなかったという。
　そのような苦境に対し、檀家総代だった三代目渡辺熊四郎と施工者の木田保造は、様々なキャンペーン活動を催し、鉄筋コンクリート建築の安全性をPR。そして三年半の歳月をかけ、関係者の理解を得ながら、当時最先端のコンクリート素材で巨大寺院を落成させたのである。

　ちなみに渡辺が、鉄筋コンクリート製寺院の安全性を、檀家や関係者にアピールするためにおこなったPR活動と言えば、屋根も上がっていないのに[上棟式]と称し、芸者を呼び大宴会を催したという話が広く知られている。そんな笑える催しの他に、渡辺が真剣に取り組んだのが、東本願寺別院以外のコンクリート建築の建設だった。
　渡辺は東本願寺別院の施工を担当していた木田保造に頼み、自身が経営していた渡辺合名会社の書店・大正堂(若松町、現存せず)を、鉄筋コンクリート造で着工。大正3年の秋に、2階建て店舗を竣工させている。実物を見せることにより、コンクリート建築の安全性をアピールする狙いがあったのかも知れない。

　そしてこの頃、三代目渡辺熊四郎が木田保造に建てさせたのが、渡辺合名会社の系列会社である金森商船の倉庫。例の赤レンガ倉庫群の西側に、ひっそりと建つ冒頭の写真の建物がそれである。着工年次は不詳だが、東本願寺の門や塀などの付属施設と同じ、大正5年に竣工させている。
　なお建物の敷地面積は、これより数年前に竣工した金森の赤レンガ倉庫群より小さいが、荷捌きを効率化するための二階ピロティーが付けられているのは、他の赤レンガ倉庫と違うところ。またピロティー上にはセセッション的な装飾が施され、大正初期の建築ならではの明るさを醸し出しているのも、この作品の特徴と言えるだろう。

　ちなみに木田保造が建てた、金森34番の鉄筋コンクリート造倉庫、来年で築百年、つまり一世紀を迎える。現在殆ど評価はされていないが、函館の近代化遺産とも呼べる貴重な建造物の一つである。
　そして大正初期には三代目渡辺熊四郎のほか、私立函館図書館の主事・岡田健蔵(1883～1944)という鉄筋コンクリート建築の推進者が現れ、自身が運営する図書館の書庫を鉄筋コンクリートにて大正5年に竣工させる。しかし耐火性に優れたコンクリート建築が、函館の人々に認知されるまでは、まだ多くの時間を要する事になるのである。

　また今回までは、明治40年8月の函館大火以降に、耐火素材で建てられた建造物を紹介してきたが、この頃の函館は火災に対する意識が少しずつ変化していった時期でもあった。なお次回はその流れに逆らった、函館豪商の商店建築を取り上げる事にしたい・・・・。

◆金森商船34番倉庫
　◎設計：木田保造(木田組)
　◎施工：木田保造(木田組)
　◎竣工：大正5(1916)年
　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て
　◎所在地：函館市末広町14-13
------------------------------------------------------------------------------------
★三代目渡辺熊四郎が大正初期から中期に建てたRC造の金森施設
★金森大正堂(若松町、大正3年築)

着工は東本願寺函館別院より後になるが、函館別院落成の前年に竣工した金森の書店建築。設計・施工は木田保造が担当している。
★金森森屋(末広町、大正11年ころ築)

現在郷土資料館として使われている金森洋物店(明治13年築)の左隣に建つのが、金森森屋。こちらは大正10年の大火後、三代目渡辺が建てさせたもの。こちらも木田が設計・施工を手掛けたと考えられる。ちなみに右上に写るのが、三代目渡辺熊四郎。
★金森一二堂(末広町、大正11年ころ築)

こちらは十字街の近くに建てられた金森経営の書店。こちらは大正10年大火直後の竣工と考えられる。建物は現存。なお現状下の写真の右手に写る建物は、明治20年代に竣工した煉瓦造の金森三星堂。

★図版・・・・・「函館市制実施記念写真帖」円山貞吉編、大正12年*************************************************************
★参考文献
「木田保造」木田組編纂、1941年
「道南の槌音　函館建設業界史」函館建設業協会、1982年
「総覧　日本の建築1、北海道・東北」日本建築学会編、新建築社刊、1986年
「函館の建築探訪」角幸博氏監修、北海道新聞社刊、1997年
★撮影・・・・2009年3月、2010年4月、2011年6月、2012年7月、2014年6月