埼玉県秩父市の宮前家住宅(昭和モダン邸宅探訪)

◆宮前家住宅
　・・・・・昭和5年竣工、秩父出身の建築家が設計した美しき和洋折衷邸宅


　先週末、 埼玉県秩父市の川瀬祭りを見物してきた筆者だったが、夏の暑い日差しのなか立ち寄ったのが秩父神社の門前に建つ宮前家住宅である。
　この住宅へ訪れた時間は午後の二時過ぎ。祭り初日という事もあり、ちょうどこの時間帯は、宮前家住宅の周辺には各町の山車や笠鉾が、秩父神社への奉納をおこなうため静かにその出番を待っていた。そのような歴史ある祭りの一場面にものの見事に溶け込んでいるのが、この住宅である。ちなみにこの宮前家、地元の方には馴染み深い名家の一つである。

　手入れの行き届いた邸宅前の美しい植栽と、シックな感じがする美しい板塀があることもあり、その全容は把握しにくい。しかしその間から確認できるこの邸宅は、和風をベースに洋風のエッセンスを織り交ぜたとても美しいものである。
　数年前に国の登録有形文化財に指定されたこの邸宅だが、現在も一般の住宅として使われている事もあり、少し遠慮気味に撮影してきたのが今回の写真。もし機会があれば、一度でいいから内部を見学したいと思わせてくれる、本当に素晴らしい作品だ。

　さて今回この住宅を紹介させて頂いたのは、この邸宅の設計を手掛けた人物が秩父出身という事もあったからである。その建築家の名は、山田醇(やまだじゅん、1884~1969)。山田は建築家・関根要太郎(1889~1959)と共に、戦前の秩父が輩出した建築家だ。

　ちなみに山田は、現在で言うところの秩父郡皆野町の出身。山田の生家は江戸時代幕府直轄の木材の管理をおこない、父・山田懿太郎(1853~1927)は地元農家のために銀行を設立したり、地元教育の発展に寄与した人物として知られる。
　そのような秩父の名家の子息だった山田醇は、埼玉県の旧制熊谷中学、学習院を経て、明治41(1908)年に東京帝国大学に入学。当初は造船科に入学した山田だったが、翌年に建築科に転科。そして明治45(1912)年に同大学を卒業。その後は建築家・辰野金吾(1854~1919)率いる[辰野葛西建築事務所]に就職する。また大正6年に神戸にて個人事務所を設立し、大正13年にはその拠点を東京へと移している。

　またこの時期、山田の長女が熱射病にかかったのを機に健康に良い住宅の研究に没頭。それに合わせるように、次々と中小規模の住宅作品を制作していったのである。またこの頃の山田作品が全国に何棟か現存しているが、その作風が秩父宮前家住宅のような和洋折衷式というのも、とても興味深い。
　この山田作品、秩父という風土にとてもマッチした作品である。地元の方には山田醇という建築家の名は殆ど知られていないようだが、関根要太郎設計による秩父宮殿下三峯山御登山記念館(昭和6年築)と共に、地元出身の建築家が故郷に遺した作品として、もっと紹介されていいのではないかと考える筆者である。

◆宮前家住宅主屋・表門
　◎設計：山田醇
　◎施工：不詳
　◎竣工：昭和5(1930)年
　◎構造：木造2階建て
　◎所在地：埼玉県秩父市番場町
　　❖国登録有形文化財

★この住宅は、一般の方が住まわれております。見学に際しては節度を守った行動をくれぐれもお願いいたします。************************************************************
★参考文献
「日本の近代住宅」内田青蔵氏著、1992年、鹿島出版会
「埼玉県ゆかりの偉人データベース」埼玉県ホームページ
★撮影・・・・・2013年7月