東京銀座の鈴木ビルディング(建築家・山中節治作品研究)

◆鈴木ビルディング
　・・・・昭和4年竣工、銀座のはずれに建つ山中節治設計のモダンビルディング


　一昨年の終わりから、建築家・関根要太郎(1889～1959)が東京やその近郊で手掛けた設計作品を、不定期で幾つか発表してきた。そして今年は関根作品の他に、その実弟である建築家・山中節治(1895～1952)の東京・埼玉の作品も併せて紹介していこうと思う。残された作品はほんの僅かだし、非現存作品の資料もかなり限られてしまっているが、もし宜しければこちらの企画にもお付き合い頂けたら幸いである。

　そういう事で、山中節治作品研究の第一回目として紹介させていただくのは、東京中央区の銀座一丁目に建つ鈴木ビルディング。銀座という地名を出すと、大手デパートやブランドショップが立ち並ぶ中央通り界隈を想像してしまうが、山中節治設計の鈴木ビルは、どちらか言うと新富町寄りの、中規模のオフィスビルや高層マンションの間にひっそりと建っている。
　なお鈴木ビルが建つこの界隈、戦後間もなくまで木挽町という地名で呼ばれていた地域で、江戸時代より芝居小屋が多く建つ町だったという。またそのような場所柄かこの鈴木ビルも甲子屋倶楽部と呼ばれ、歌舞練場として使われていた時期もあったという。そのような木挽町と呼ばれていた時代の、この町の面影を偲べるのがこの鈴木ビルディングなのである。

　さて鈴木ビルに実際に訪ねた事があるという方、今回筆者が鈴木ビルの設計者を山中節治という紹介をしている事に、疑問を抱いたという人も多くいらっしゃるかも知れない。現在このビルは東京都の歴史的建造物に選定されており、建物1階に貼られている案内板や都のホームページでは、設計者として新定蔵という人物の名が記されている。
　これについては、このブログを始めて間もない頃にも紹介しているが、筆者が鈴木ビルの設計者を山中節治と断定したのは、雑誌[国際建築]の昭和5年2月号に掲載された鈴木ビルの施工を担当した新工務所の広告による。この広告には鈴木ビルディングの写真と一緒に、設計者として山中節治の名が記載されているのである。

　しかし昭和7年に洪洋社から発行された[建築写真類聚　事務所建築編]では、施工者である新工務所の代表・新定蔵の名が誤植されており、このビルの調査をされていた当時の担当者が、この資料をもとに新定蔵設計と断定してしまったのだろう。その後、新定蔵の作品として知られるようになってしまった。悲しくも山中節治という天才建築家の名は、このように闇に葬られてしまったのである。

　この二点の資料だけでは、どちらが本当の設計者という疑問を持たれた方は、2012年に発表された建築史家・藤森照信氏の著書 [銀座建築探訪]をお読みいただきたい。この著書の中で、鈴木ビルも取り上げられているのだが、同ビル内に保管されている図面を藤森氏が見たところ、山中の名が記されていたという紹介がされている。この裏付けがあれば、鈴木ビルの設計者が山中節治と断定してほぼ間違いないだろう。

　そしてこの鈴木ビル、この前の道路幅がとても狭く全容を把握するのが難しいのだが、ドイツ表現派風な感じの馬蹄形の屋根窓や建物右側の縦長の出窓、江戸の格子模様を連想させるアールデコ調のタイル張りなど、昭和初期ならではのモダンな作り。山中が兄・関根と共同設計を手掛けた、函館海産商同業組合事務所(大正9年築)などとも相通じる味のある出来栄えである。
　なお山中は、大正半ばから昭和初めにかけて、銀座やその界隈で数多くの建築設計を手掛けたが、その中でも一番の傑作がこの鈴木ビルディングなのではないかと筆者は考える。ぜひ一度は実物を見学して頂きたい、天才建築家・山中節治の名作である・・・・。

◆鈴木ビルディング
　◎設計：山中節治(山中建築事務所)
　◎施工：新工務所
　◎竣工：昭和4(1929)年12月
　◎構造：鉄筋コンクリート造5階建て、地下1階
　◎所在地：東京都中央区銀座1-28-15
　　❖東京都選定歴史的建造物

2013年1月現在、鈴木ビルに貼られている東京都選定歴史的建造物の看板は誤った記載のまま。ちなみに新定蔵は大阪に拠点を置く新工務所の代表者の名前である・・・・。
建物裏側の三吉橋より。
竣工当時、建物裏は運河が流れていたが今は首都高速になっている。
----------------------------------------------------------------------------
▼下のMoreをクリックして頂くと、山中節治が銀座やその界隈で手掛けた作品をご覧になれます。



★山中節治、銀座とその界隈での設計作品
◆玉置商会(大正7年ころ築、京橋入船町)

　　※「建築画報」大正7年4月号
◆松本歯科病院(大正11年築、京橋彌左衛門町：現銀座四丁目)

　　 ※「建築世界」大正11年7月号
◆十字屋楽器店(大正12年築、銀座)

　　※「建築写真類聚　バラック建築編」大正14年
◆モナミ喫茶店(昭和2年ころ築、銀座)

　　※「建築画報」昭和3年1月号
◆三角堂ベーカリー(昭和2年ころ築、銀座)

　　※「建築画報」昭和3年1月号
◆森永喫茶店(昭和3年ころ築、銀座)

　　※「国際建築」昭和3年11月号
◆竣工当時の鈴木ビルディング

　　　※「国際建築」昭和5年2月号
*********************************************************
★撮影・・・・・・2009年6月、2010年4月、2013年1月