埼玉県秩父市の秩父館(建築家・関根要太郎の故郷を訪ねる)

◆ほっとすぽつと秩父館
　　・・・・アニメ[あの花]にも登場する、建築家・関根要太郎ゆかりの旧和風旅館


　先日、今年初めての遠出をした。と言っても昼前の出発で、夜早い時間に帰ってくるという簡単な日帰り旅行ではあったが、行きはリクライニングシートの特急電車に乗り、久々の旅気分を満喫できた筆者である。
　そういう事で、今回の訪問先に選んだのが埼玉県の秩父市だった。既に存じ上げられているという皆さんも多いと思うが、この秩父は建築家・関根要太郎(1889～1959)の生まれ故郷。今年は色々と転機の年になる筆者、その決意を子供の頃から親しんでいる秩父の総鎮守である神社に報告しに行ったのであった。

　そしてその帰途に立ち寄ったのが、宮側町にある[ほっとすぽっと秩父館]である。こちらの建物、現在は地元商工会運営の観光施設になっているが、もとは旅籠・秩父館として明治12(1879)年に建てられたもの。この秩父館、埼玉と上州・甲州を結ぶ[秩父往還]という街道沿いに、江戸時代から平成のはじめまで続いていた旅館である。またこの秩父館、建築家・関根要太郎の実家であり、上京した関根も帰郷するたびよくここへ立ち寄っていたそうである。

　そして筆者も約三年半振りにこの秩父館を訪ねた訳だが、重厚な佇まいは圧巻そのもの。関根は今から75年前に、ある手記で秩父館について「祖父時代に建てられたまま、間取りばかりでなくその経営に振りにも大した変化がなく・・・・」と記しているが、当時の関根の感動が今も味わえる建造物である。
　なおこの秩父館は明治初期に建てられたものだが、部材の殆どは秩父市内にあった地元豪農の屋敷の部材を譲り受けたものを使っているそうで、実際の歴史は築年数以上のものになるそうだ。1階や2階に豪快に張り出した欅の梁は、この建物が長い年数生き続けてきた事が納得できる、今の建築では見られない生命力をも感じさせてくれるものである。

　さて今回、筆者の秩父館訪問を迎えてくれたのが、関根要太郎と山中節冶(1895～1952)兄弟の姪にあたるE子さん。このE子さんは長年に渡り秩父館を切り盛りされていた方で、筆者の関根要太郎研究のため尽力していただいた恩人でもある。関根家と秩父の歴史を親切丁寧にレクチャーして頂いた、E子さんの長姉にあたるMさんやご家族の方に不幸が続いた事など悲しい報告もあったが、筆者の近況報告など楽しい会話に、あっという間に時間は過ぎたのである。

　そして秩父館内には、重厚な和風建築に少し不釣合いな、可愛らしいアニメのキャラクターのポスターが多く展示されていた。聞くところによると[あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。]というアニメ番組に、秩父館をはじめとした秩父市内の風景や町並みが登場する事から、アニメの巡礼地の名所になっているとのこと。秩父館を留守にした3年半の間に、秩父館は新しい観光スポットになったことを知り、とても幸福な気分になった筆者であった。

　今は観光施設となり、以前のように土間から夜祭や夏の川瀬祭りの山車を見ることは出来なくなったが、今年は久しぶりに秩父の祭りをこの秩父館で堪能したくなってしまった。100年以上の歴史を持つ秩父の旧旅籠建築、機会があればぜひ一度訪れて頂きたいものである。この力強い和風建築に、関根要太郎の建築家としての原点があったのではないかと思ってしまった今回の訪問であった・・・・・。
◆秩父館(ほっとすぽっと秩父館)
　◎設計：不詳
　◎施工：不詳
　◎竣工：明治12(1879)年
　◎構造：木造2階建て
　◎所在地：埼玉県秩父市宮側町18-2
　　❖平成20年、彩の国景観賞2008受賞
秩父館の開かずの金庫は、相変わらず開かずのまま。
家主さん曰く「大したものは入っていない筈」とのことだ。▼引き続きの写真は下のMoreをクリックしていただくとご覧になれます。

こちらが館内に設置された[あの花]コーナー。休日になるとこのアニメのファンが多く訪れるという。2階客間は昔のままの作り。
その昔、冬の夜祭や夏の川瀬祭りのとき、関根家をはじめとする秩父の一般の民家では「神様の乗った山車を2階から見下ろすのは失礼にあたる」という事で、高い階の雨戸を閉める習わしがあったそう。今ではこのような山車が通る通りを見渡せるスペースは、観光のドル箱になっている訳だが・・・・・。奥に見えるのは秩父神社の林。
こちらは関根要太郎が撮影した昭和10年ころの秩父館。

❖『日本建築士』　昭和11年10月号より
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★撮影・・・・・2009年7月、2013年1月