by ヨウタロウ研究員
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・・・・・昭和6年竣工、竣工当時の姿へ復元された巨大ターミナル・デパート このところすっかりシリーズ化してしまった、都内・東京近郊に残る私鉄の戦前築の駅舎巡りも 、取り敢えず今回で最終回。そういう事で本日は、竣工当時の外観への復元工事が終了したばかりの、東武鉄道伊勢崎線(スカイツリーライン)の浅草駅を取り上げてみようと思う。 松屋デパートの浅草店が入居している事でも知られる昭和6年竣工のこの建物、今年6月の東京スカイツリー開業に合わせ、オーナーの東武鉄道が竣工当時の外観へ戻す復元工事を実施。改修前はアルミ製のパネルで覆われ、正直なところいま一つ冴えない外観だったが、今回の改修で冒頭の写真で、ご覧いただいたようなネオ・ルネサンス調の、華麗な姿へと変貌を遂げている。店内のリニューアル工事の完成は今年11月になるとの事だが、浅草にホットな名所がまた新たに誕生したという事になる訳だ。 さて松屋デパートが入居する東武浅草駅、東京やその近郊を走る私鉄の駅舎の中でも、画期的な施設と言えるものである。それは駅舎とデパートが合体したターミナル・ビルという点である。 戦後になり東京都内においては、西武鉄道、東武東上線の池袋駅、小田急電鉄、京王電鉄の新宿駅など、駅舎とデパートを合体させたターミナル駅は相次いで登場するが、東武浅草駅は東京では、池上電気鉄道(現東急池上線)の五反田駅の白木屋百貨店に次いで2番目に完成したターミナル・デパートだったと言う。またその大きさは東武浅草駅以前に開業していた、阪急梅田駅に匹敵する規模を誇るものになったのである。 そして東武浅草駅の凄いところは、ビル2階にホームを置いたという点。戦後に完成した東京のターミナル・デパートを見てみると、それらの殆どは既存の駅舎の上にビルを建設したため、ホームが地上もしくは地下に置かれているものが殆どである。しかし東武浅草駅は、現在のとうきょうスカイツリー駅(旧業平橋駅)から、現在地へ路線を延長した際に建設されたもののため、このような画期的な設計が可能になった訳である。 現在では乗降客の増加に伴い、東武線の電車も長い編成になってしまったため、浅草駅のホームから電車の先頭車両がはみ出すという事態になっているが、戦前からしてみれば凄くゆとりのある駅施設だったと想像される。当時の東武鉄道関係者の意気込みが伺える、巨大ステーションビルと言えるのではないだろうか。 またこの東武浅草駅(松屋浅草店)の設計を手掛けたのは、久野節(1882~1962)という建築家。久野は明治40年に東京帝国大学を卒業したのち、鉄道省の技師・建築課長を務めていた人物で、そのような縁もあってか、大阪難波の南海ビル・高島屋難波店(昭和5年築)や、東京上野の京成聚楽ビル(昭和13年築、現存せず)など私鉄に関連した施設の設計を数多く手掛けている。その中でも久野の代表作と言えるのが、この東武浅草駅と言えるだろう。 その長さが150メートル近くあるこの建物、高層の建物が殆どなかった竣工当時はこの近くを流れる隅田川から見ると、水面に浮かぶ豪華客船のように見えたに違いない。そのような体験は今ではできないが、竣工当時の華麗な外観へと復元された東武浅草駅は、浅草という町の歴史と文化を語る上での新たな拠点になったのではないかと思う。とても見所の多い、とても充実した今回の訪問であった・・・・・。 ◎設計:久野節 ◎施工:清水組 ◎竣工:昭和6(1931)年10月 ◎構造:鉄骨鉄筋コンクリート造7階建て、地下1階 ◎所在地:東京都台東区花川戸1-4-1 ▼引き続きの写真は下のMoreをクリックしていただくとご覧になれます。 ※図版・・・・「建築の東京」 都市美協会編、昭和10年発行 こちらは数年前に解体された久野節の設計作品。 久野のセンスの良さが伺えるスマートな作品だった。1998年撮影。 ★参考文献・資料 「駅の歴史 東京のターミナル」交通博物館編、2006年、河出書房新社 Wikipedia:久野節 ★撮影・・・・・2012年9月
by sy-f_ha-ys
| 2012-10-06 19:06
| ◆昭和モダン建築探訪
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Comments(4)
駅シリーズ。楽しみましたよ。どれもよく知る駅のはずが、意外とよく見ていなかったりしますね...。
浅草駅はその周辺のカオスっぷりが凄いこともあって、些かビルの建築物としての良さが見え辛いのが、個人的には残念ではあります。 それとさすが!そのねぇ階段室はたまりませんねぇ....ここは凄くいいですよねぇ。 松屋といえば、昔の銀座松屋の建物もすごく良かったです。もちろん写真でしか見たことはありませんけどね。
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sy-f_ha-ys at 2012-10-07 20:22
tokyo102さま、8月下旬からの駅シリーズの記事を拝見していただき、誠に有難うございます。
浅草は一種独特な雰囲気漂い、なかなか足を踏み入れられない場所ですよね。個人的には、今から30年くらい前まであった、戦前築の映画館を実際に見てみたかったです。 あと階段室ですが、リニューアル前よりここは全く変わっていない箇所なんですよね。あと上野松坂屋も外壁は往時の面影を留めていませんが、年代物の素敵な階段室がありますよ。 そして銀座松屋は、殆んど知られていませんが、現在の店舗半分は大正末竣工の建物なんですよ。詳しくは拙ブログの「■木田保造作品・東京」をご覧になって下さい。建物裏側や地下へ通じる階段などは、竣工当時の面影を留めています。
松坂屋...そうかぁちょっと現地チェックしてみますよ。
エントリ違いなってしまいますが、松屋のエントリ読みました。前に読んでいたんですけどね(笑)確かに裏手に回るとそれがよく分かる。と、ちょうど銀座にいたので観てきましたが、確かだと思いました。 松屋はねぇ...銀座通りに面した側はもう少しなんとかならないもんかと。 ご近所の伊東屋もそうですけどね。 仰るとおり、浅草は違った雰囲気を持っていますよね。古い東京の中心地、神田須田町あたりを基点にいろいろな所を眺めても、雰囲気が異なりますね..。
Commented
by
sy-f_ha-ys at 2012-10-09 20:47
tokyo102さま、松屋を実際にチェックしていただきましたか(笑)。
銀座松屋は3~4年前にガラス張りの外装になりましたが、松屋浅草店のように竣工当時の外装に戻したら、かなりのインパクトがあるのではないかと思います。今現在の銀座の建物って、松屋みたいなガラス張りのものだらけですからね。あれでは全く目立ちませんよね(苦笑)。
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