埼玉県川越市の旧山吉デパート(昭和モダン建築探訪)

◆旧山吉デパート
　　・・・・・・蔵造り商家の通りに建つ、昭和11年竣工のデパート建築


　 5月に埼玉県川越市の旧八十五銀行本店(大正7年築)、 旧山崎家別邸(大正13年築)という、二軒の建築家・保岡勝也(1877～1942)による設計現存作品を紹介させていただいた。この他に川越にはもう一軒の保岡作品が現存している。それが今回取り上げる旧山吉デパートである。

　この旧山吉デパート、川越の観光名所として知られる[一番街]、いわゆる蔵造り商家が多く現存するあの通りに建つ。現在、川越のメインストリートというと、東武東上線やJRが通る川越駅から、西武新宿線・本川越駅付近へと繋がる商店街が中心になっているが、その昔は黒漆喰の蔵造り商家が多く現存する一番街が、この町の中心であった。

　これは江戸期まで川越の農産物を中心とした商業が、この西側を流れる新河岸川から水運により江戸方面へと運搬していた事に大きく由来するものである。また明治20年代の後半に、東京の国分寺より川越に開通した川越鉄道(西武鉄道の前身にあたる会社)の停車場 (今の本川越駅)が、この一番街から南・数百メートルという場所に置かれたのも、商業の中心であった一番街を見据えてのことだったと考えられる。そのような文明開化前後の運輸の動脈に挟まれて残るのが、川越一番街という訳だ。

　今回は冒頭から話が大きく脱線したが、川越の一番街という場所、明治・大正・昭和に入ってからも町の中心部であり続けたことを証明するかのように、蔵造り商家のほかに数多くの洋風建築も現存している。その中でもいちばん華やかなのが、前々回紹介した旧八十五銀行本店であり、今回取り上げている旧山吉デパートだろう。
　建築年代は約20年の開きがあるが、共に保岡勝也の設計作品であるという事はとても興味深い。

　今年の3月から5月にかけて川越市立博物館でおこなわれた、保岡勝也展をご覧になった方は既にご存知のように、保岡は大正4年竣工の川越貯蓄銀行本店設計を機に、川越の商人と親密な関係となり、それ以降も川越で多くの建造物設計を手掛けた。
　またこれまで保岡と川越商人の関係は昭和初期の一時期途絶えたものと思っていたが、第八十五銀行、川越貯蓄銀行という川越に本店を置く両会社の支店設計を幾つか手掛けており、その関係は長らく続いていたことを知った筆者であった。そのような一連の流れで、保岡が担当したのが旧山吉デパートの設計だった訳である。

　そしてこの旧山吉デパートで興味深いのは、当時のデパート建築といえばルネサンスやアールデコスタイルのデザインが多かったのに対し、四本のイオニア式オーダーを持つ古典様式の外観ということ。

　これは先月までおこなわれていた保岡勝也展でも紹介されていたが、保岡は様々なデザインの設計案を用意。その中で施主が選んだのが、銀行建築のような古典様式のこのデザインだったという。江戸からの歴史を持つ川越の商人、猫の目のように次々と変貌を遂げるモダンデザインより、不変の美を選んだという事になる。この町の気質が窺い知れるような外観に筆者には思えたのである・・・・・。

◆旧山吉デパート(現保刈歯科醫院)
　◎設計：保岡勝也
　◎施工：安藤組
　◎竣工：昭和11(1936)年
　◎構造：鉄筋コンクリート造3階建て
　◎所在地：埼玉県川越市仲町5-5

旧山吉デパートは長らく空き家で、廃墟同然の状態だったが、平成20年に大規模な改修工事がおこなわれ、現在のような華麗な姿へと蘇った。
なお1階には歯科医院が現在入居している。
1階に飾られたステンドグラスは恐らく竣工当時からのものと考えられる。
以前は裏から覗くだけだったが4年前の改修で綺麗に修繕された。
町中にはご覧のような電柱広告も。
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★参考文献・・・・・「建築家・保岡勝也の軌跡と川越」川越市立博物館編、平成24年
★撮影・・・・・・2012年4月