三井物産横浜支店（明治モダン建築再訪）

◆三井物産横浜ビル

　　・・・・今年で築100年、日本初の鉄筋コンクリート製オフィスビル

　横浜で古くからあるメインストリートの一つが、関内の日本大通り。

　道幅が25メートルちかくあるというこの道路、明治初頭に外国人居留地と日本人街を区分けするために作られたものだと言う。なお現在は歩行者優先の道路整備がおこなわれ、新たな名所となっている日本大通りだが、その通り沿いには神奈川県庁舎、旧イギリス領事館 、旧横浜商工奨励館などの美しい歴史的建造物が現存しており、この通りが長年に渡って横浜の重要な場所だったかを物語っている。そしてこの日本大通りに建ついちばん古株の建物が、今回紹介する三井物産横浜ビルである。

　日本大通りと言うと、休日になると通りの銀杏並木の下で、色々な歴史的建造物をスケッチされている人をよく見かけるが、残念ながら三井物産ビルを描いている人の姿というのをまず見かけない。外壁には白タイルが貼られ少し華やかな感じはするが、他の歴史的建造物に比べると現代的で無装飾なデザインだからだろう。

　一見した限りではとても無骨な感じのするこのビルディング、しかしその竣工は明治44(1911)年の8月。今年が2011年だから、つまり建てられたのは何と今から100年前になる訳である。あと三井物産横浜ビルを語る上で忘れてはいけないのが、日本で最初に建てられた総鉄筋コンクリート製のオフィスビルディングということ。ちょっと地味な感じがするこのビル、実はとんでもない産業遺産なのである。

　そしてこのビルを設計したのは、遠藤於菟(えんどうおと、1866～1943)という建築家。遠藤と言えば明治末頃より当時最先端の建築技術だった鉄筋コンクリート工法に注目し、早くから自らの設計作品にそれを採用していた人物として知られる。またこの三井物産ビルが建てられた頃は、横浜を中心にして数多くの建築設計を手掛けていた時期でもあった。
　残念ながら横浜で現存する遠藤作品は、三井物産ビルのほか旧生糸検査所の事務所と倉庫 (大正15年築)のみになってしまったが、横浜の一時代を彩った偉大な建築家だった事は紛れもない事実である。

　さてこの三井物産ビルが鉄筋コンクリートで建てられる事になった経緯は、当時の三井物産幹部の英断があったとのこと。三井グループの施設と言えば全国各地に戦前築の建物が多く現存している事からも分かるように、頑丈で長持ちのする建物を徹底的に作らせたようである。
　また三井物産ビル着工に先立ち遠藤於菟は、自らの設計ビル東側に同社の倉庫を煉瓦製、一部の部材に鉄筋コンクリートを用い建設。そしてその実績をもとに作られたのが三井物産ビルの本館だった訳である。なお大正12年の関東大震災では、本館ビルの内部が焼失したものの建物には震災の被害は殆ど無かったという。また修繕工事ののち、昭和2年に冒頭でご覧いただいた写真で言うところの中央から右手にあたる2号ビルを増築し、現在の姿になった訳である。

　また三井物産ビル、現在では当たり前になった屋根が平坦なフラットルーフなど、当時では最先端だった技術も多く用いられている。そして設計者の遠藤於菟、三井物産ビルを建てる以前は、その当時最新のデザインだったアールヌーヴォーを、自らの設計作品に取り入れるなどかなり洒落たセンスを持った建築家だったようだ。単俊明快な窓割りや軒下の装飾などから、そのセンスの良さが伺えないだろうか。

　一見地味ではあるが、今年で築100年の三井物産ビル。そんな重みを感じさせないのが、ある意味このビルの凄さなのだろう。竣工から1世紀経った今も現役のオフィスビルとして活躍中である・・・・・・。

◆三井物産横浜支店
　◎設計：遠藤於菟、酒井祐之助
　◎施工：直営
　◎竣工：明治44(1911)年8月・・・・1号館
　　　　　昭和2（1927)年 ・・・・・2号館
　◎構造：鉄筋コンクリート造4階建て、地下1階
　◎所在地：横浜市中区日本大通14

こちらが築100年になる一号館。
三井物産ビルの1号館の共同設計者・酒井祐之助(1874～1935)は、遠藤於菟と同じく長野の出身。工手学校を卒業し、日銀新築工事に従事したのち、アメリカ・ペンシルベニア大学に入学。帰国後に手掛けたのが三井物産ビルディングだった。
その後、不動貯金銀行の店舗営繕を手掛ける建築事務所・日本建築株式会社、東洋コンクリート株式会社を経て、関東大震災後に酒井コンクリート会社を設立。また日本建築株式会社に勤めていた縁で、関根要太郎設計の不動銀行日本橋支店(昭和6年築)など同銀行店舗の施工を幾つか手掛けている。
日本大通り側玄関とその右側は昭和に入ってからの増築部分。
こちらが三井物産ビルのお隣に建つ、旧三井物産倉庫(明治43年築)。躯体は煉瓦造だが、柱、窓のまぐさなどにコンクリートが採用されているという。
*********************************************************
★参考文献・・・・・・「横浜建築列伝」　青木祐介氏著、2009年、横浜都市発展記念館
　　　　　　　　　　　「日本の建築　明治大正昭和　10・日本のモダニズム」　堀勇良氏著、1981年、三省堂
　　　　　　　　　　　「都市の記憶　横浜の近代建築」吉田鋼市氏著、1991年、横浜市歴史的資産調査会
　　　　　　　　　　 「建築雑誌」1935年5月号、日本建築学会
★撮影・・・・・2009年2月・3月・4月、2011年9月・12月、2013年2月