建築家・遠藤於菟(1866～1943)その他の設計作品

◆建築家・遠藤於菟その他の設計作品

　こちらでは三井物産横浜ビルの紹介記事に引き続き、建築家・遠藤於菟(1866～1943)の設計作品を幾つか紹介してみようと思います。三井物産ビルのときにも触れさせていただきましたが、遠藤於菟の設計作品は殆ど現存しておりません。そういう事で現存する作品のほか、ほんの僅かですが当時の建築雑誌をはじめ幾つかの書籍に掲載された遠藤作品の写真を紹介することに致しました。

　遠藤於菟と言えば明治末には当時ヨーロッパで勃興したばかりのアールヌーヴォーのデザインを取り入れ、三井物産横浜ビルの設計を手掛けたあとは、日本建築界における鉄筋コンクリート構造の開拓者的存在として活躍しております。鉄筋コンクリートを自らの作品に採用してからのものは、それ以前に比べるとデザインの華やかさに欠けるというのが正直な感想ですが、鉄筋コンクリート構造のパイオニアらしい重厚な作品に仕上がっていると私は考えます。それではここからは遠藤於菟のモダンな設計作品の幾つかをお楽しみください。

※冒頭の写真：旧横浜生糸検査所事務所棟（設計：遠藤於菟、大正15年築）
--------------------------------------------------------------------
★横浜銀行集会所(横浜、明治38年築、現存せず)

現在の中区北仲通に建てられた、遠藤於菟が個人設計事務所開設して初の設計作品。
当時では最先端だったアールヌーヴォーのデザインを取り入れた、日本建築界におけるモダニズムの先駆的作品と言う評価がされている。なおこれ以降、遠藤は横浜で幾つかの設計作品を手掛けることになったが、それらにも横浜銀行集会所と同様アールヌーヴォーのデザインを取り入れた。
※図版・・・・・「明治大正建築写真聚覧」日本建築学会編
---------------------------------------------------------------------
★東京高等商業学校専攻部(東京、大正5年築、現存せず)

東京一ツ橋に建てられた東京高等商業学校（現在の一橋大学）の校舎。鉄筋コンクリートを採用していることもあってか、先の横浜銀行集会所とは一転し直覚的なデザイン。なお戦後になりこの建物は岩波書店の社屋として使われていたという。

※図版・・・・「建築世界」大正5年5月号
---------------------------------------------------------------------
★東京日々新聞社（東京、大正6年築、現存せず）

東京・有楽町、現在の読売会館（旧そごう、現ピックカメラ）の向かい辺りにあった新聞社屋。先に紹介した東京高等商業学校と同様、鉄筋コンクリート建築らしい硬質な外観だが、王冠風の塔屋を付けるなど変化を付けたデザインにも注目したい。
その後も同社屋は遠藤の設計により増築が度々おこなわれたそうで、昭和初期には2枚目の図版のような姿へと変貌を遂げている。

※図版・・・・・1枚目の写真：「建築世界」大正6年5月号
　　　　　　　2枚目の写真：筆者所蔵絵葉書より
---------------------------------------------------------------------
★三井物産名古屋支店（名古屋、大正7年築、現存せず）

遠藤於菟は三井物産横浜支店での実績を認められたのか、大正に入ると同社の名古屋支店の設計を手掛けている。こちらもやはり鉄筋コンクリート造だが、柱部分に煉瓦を貼り付けコンクリート建築の堅苦しさを払拭する工夫をしている。なおこの柱部分に煉瓦を貼り付けるというスタイル、これ以降の遠藤作品には多く用いられることになる。

※図版・・・・「建築世界」大正7年3月号
---------------------------------------------------------------------
★武田家奉安塔(東京、大正8年建立、現存)

東京渋谷区の清岸寺内に現存する奉安塔。塔の裏には遠藤於菟のほか伊東忠太、武田恭作の名が設計者として記されている。一般の建造物とは意味合いが多少異なるが、遠藤の貴重な現存作品と言えるだろう。
---------------------------------------------------------------------
★丸井今井百貨店小樽支店(北海道、大正12年築、現存せず)

北海道をフランチャイズにする老舗デパート・丸井今井の小樽支店。同社はこの年竣工した函館支店建設を機に、道内の主要店舗を鉄筋コンクリートで建設することを決断。その第二店目として建てられたのがこの小樽支店だった。

※図版・・・・「丸井今井九十周年史」　丸井今井編、昭和37年
---------------------------------------------------------------------
★丸井今井百貨店札幌本店(北海道、大正15年築、躯体のみ現存)

そして小樽に次いで鉄筋コンクリートで建設されたのが、札幌本店。こちらはデパート建築の定番とも言えるルネサンススタイルで纏められている。なお竣工当初の施工は函館をはじめ道内各地、東京で活動していた施工業者・木田組(社長：木田保造)が担当した。
なおこの建物、昭和12年の大増築、戦後に何度か増改築工事がおこなわれ、現在では竣工当時の面影を留めない状態になっている。

※図版……1枚目の写真：丸井今井発行絵葉書、筆者所蔵
　　　　　　　　 2枚目の写真：「丸井今井九十周年史」昭和37年
---------------------------------------------------------------------
★生糸検査所、事務所、倉庫(横浜、大正15年築、一部現存)

大正15年に竣工した遠藤於菟晩年の大作。なお上の2点の写真は竣工当初の建物外観と室内。昭和6年には建物正面右側部分が増築され、H型の姿になった。また本館は平成2年に解体、それから間もなく旧建物の外観を忠実に再現した横浜第二合同庁舎が建設され、平成5年に竣工している。また建物背後にあった事務所棟、倉庫の一部は今も現存している。

※図版・・・・・・「東京横浜復興建築図集」　日本建築学会編、昭和6年こちらが1993年にレプリカ復元された本館。旧事務所棟。鉄筋コンクリートの柱部分に煉瓦を貼り付けるデザインは、当時の遠藤於菟が多くの設計作品によく取り入れていたもの。
そしてこちらが倉庫。当初は同様のデザインのものが4棟あったが、現在は1棟のみが残っている。なおこの写真では確認できないが、柱の上には生糸検査所ということで蚕のモチーフが飾られている。*******************************************************
★参考文献・・・・・「日本の建築　明治大正昭和10・日本のモダニズム」　堀勇良氏著、1981年、三省堂
　　　　　　　　「横浜都市発展記念館紀要　№1、遠藤於菟旧蔵建築資料目録」　青木祐助氏著、2005年
★撮影・・・・2009年2月・4月、2011年10月・11月