函館・百十三銀行本店(建築家・関根要太郎作品研究、その7)

◆旧百十銀行本店
　　・・・・・・函館一モダンな銀行店舗を施工した木田保造について


　今回の百十三銀行本店(設計：関根要太郎、函館市、大正15年築)の研究レポートは、この建物を施工した請負師・木田保造(木田組の創業者、1885～1940)について改めて紹介していきたい。

　木田保造と言えば、国内初の鉄筋コンクリート製寺院として名高い東本願寺函館別院（大正4年築）をはじめ、大正半ばから昭和初期に函館市内に建てられた主要建築の施工を手掛けたことがよく知られる。近代函館の街並みを彩ったと表現しても過言ではない、偉大な人物だ。
　また関根要太郎とは生涯に渡り親友関係にあったようで、二人の足跡を調べていくと、二人が深い信頼関係にあったことを伺わせる様々なエピソードと出会う。そのような親友関係にあり、共に函館と縁深かった関根と木田が建てたのが、この百十三銀行本店という訳である。

　ちなみに関根と木田が初めて出会ったのは、木田が逝去した翌年（昭和16年）に木田組が刊行した〔木田保造〕内掲載の関根執筆による追悼文『哀しき馬子』によると、木田が大蔵省の臨時建築部に在籍していた頃と記されている。
　木田は大蔵省に明治39年から同43年に在籍。また関根は郷里の埼玉県秩父より明治40年に上京したが、建築業を本格的に志すのはそれより暫く後の事だったようなので、関根が建築家・三橋四郎（1867～1915）の建築事務所に就職する寸前の明治43年ころだったと想像される。関根は明治工学校、木田は工手学校と決して建築業のエリート学校を卒業していなかったが、共に20代前半だった二人には何かしらの友情関係がこの頃から生まれていたのであろう。

　そしてこれは個人的な推測だが、大正半ばからの関根の函館における活躍の切っ掛けを作ったのが、木田保造だったのではないかと筆者は考える。

　関根は大正3年から〔日本建築株式会社〕に就職し、全国各地に建設される不動貯金銀行の各店舗の設計を手掛けていたが、その中の一つで担当したのが不動銀行函館支店の設計だった。大正7年の11月に竣工したこの銀行店舗だが、この施工を担当したのが木田保造率いる木田組だったのである。

　そして更に興味深いのは、関根は不動銀行支店が竣工してまもなくに、函館海産商同業組合事務所(大正9年1月竣工)設計の仕事を手に入れている。恐らく不動銀行函館支店の建設中、既に函館の政財界人と人脈があり、地元の情報に詳しかった木田が関根に函館海産商同業組合事務所設計の仕事を仲介した可能性も考えられる。木田の存在がなければ、この後の関根の函館における活躍も無かったかも知れないと思えてきてしまうのである。

　また木田保造は、大正10年4月に函館市内主要部で発生した大火を機に、教会寺院などの宗教施設、住宅、銀行・事務所・デパートなどの商業施設などの施工を数多く手掛けている。そして百十三銀行本店竣工を前後して末広町の電車通り沿いには、木田組施工の鉄筋コンクリート製の商業建築が数多く出現することになった。
　現在では解体されたり、保存という名目で中途半端な改修がおこなわれたものもあるが、現在でも当時の木田組の活躍を函館の街並みから感じる事が出来る。歴史的建造物と言うと設計者にばかりに注目が集まってしまうが、函館に関しては木田保造という施工者の名を頭に入れて頂いて、この町を訪ねてみれば、また新しい発見が出来る筈である。

★木田保造肖像

函館百十三銀行が施工されてまもない大正15年に、雑誌〔工事画報〕に発表された木田の肖像写真。また木田は、大正15年7月から昭和2年3月まで欧米に視察旅行に赴いたため、百十三銀行本店の実質的な施工監督は木田組の所員に委ねられている。

※図版・・・・「工事画報」大正15年2月号
★銀座松屋デパート(東京、大正14年築)

木田保造といえば函館のほか、札幌や自らの会社の本店を置く東京でも活躍している。そして東京における木田の代表作が銀座松屋である。約3年をかけて建てられた鉄骨鉄筋コンクリート製8階建てのビルディングは、当時の東京を代表する巨大建築だった。
なお基本設計は、関根要太郎の東京高等工業学校の同級生だった本間乙彦(旧姓：稲田、1892～1937)が担当。ちなみに本間は関根の紹介により、木田組に設計技師として就職していた。
戦後から現在に至るまでおこなわれた幾多の改修工事で、外観は竣工時の姿を留めないが、建物の構造体や建物内の一部間取りは竣工当時のままである。

※図版・・・・・「明治大正建築写真聚覧」日本建築学会発行、東京都立中央図書館蔵→1枚目の写真
　　　　　　　　筆者所蔵絵葉書→2枚目の写真
★不動貯金銀行函館支店(設計：関根要太郎・山中節治、大正7年築、現存せず)

函館の鶴岡町(現在の大手町)に建設された、関根要太郎の函館における初設計作品。
施工は木田保造が担当。

※図版・・・・・「建築世界」大正8年9月号
★不動貯金銀行函館支店(設計：関根要太郎、昭和11年築、現存せず)

昭和9年3月の大火でそれまでの建物が被害を受けたことや、道路拡張などの理由により、関根設計・木田施工により新築されたのが2代目にあたる不動銀行函館支店。関根と木田は長年親交があったのにも関わらず、二人の設計・施工により建てられた作品は、不動銀行函館支店のほか、百十三銀行本店と東京支店などとても少ない。
なおこの建物、昭和50年代前半まで協和銀行の店舗として使われていたので、地元の方で記憶されている方もいらっしゃるかも知れない。

※図版・・・・・「協和銀行史」協和銀行編纂、昭和44年
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❖函館における木田保造施工の商業建築
★旧丸井今井百貨店(設計：佐藤吉三郎・木田組、大正12年築・昭和5年増築)

大正10年の大火を機に、木田組施工により建てられた北海道初の鉄筋コンクリート製デパート。竣工当初は3階建てだったが、昭和5年に5階へと増築。
また2006年には耐震性を理由に、5階建てから竣工時の3階建てへと縮小工事を実施。5階建て時代のエレベーターの付いた塔屋が残されたほか、3階建て時代のドームが復元されるなど一貫性のない復元がされている。

※図版・・・・・・筆者所有絵葉書より
こちらは2000年と2004年撮影の5階建て時代の写真。

★旧森屋百貨店(設計：木田組・仁科章夫、大正14年築・昭和5年増築・・・・現存せず)

函館を代表する財閥・金森合名会社が建てた百貨店。こちらは百十三銀行の第二回目のレポートでも取り上げたように、大正13年の火災でこれまで同地点にあった金森魁文舎が焼けたため、木田組の施工により新築されたもの。また昭和5年には海側に7階建ての売り場を増築し、戦前の函館を代表する巨大建築となった。
なお下の写真は1999年と2001年に撮影した解体直前の同建物。

※図版・・・・筆者所蔵絵葉書より★旧金森回生堂(大正14年ころ築)

森屋デパートの隣に同時期に建てられた金森経営のビルディング。決定的な資料は発見できていないが時期的なことを考えると、木田組施工の可能性が高い。
またこの頃、木田組では金森合名会社の本社の施工をおこなっているが、どの建物を指しているのかは不明。
★旧函館貯蓄銀行本店(大正15年築)

こちらは第5回目のレポートでも取りあげたように、百十三銀行と同時期に建てられた系列会社の本店。
★ニチロビルディング(設計：木田組・図師嘉彦、昭和9年・13年築)

函館が発祥の国内を代表する水産会社・日魯漁業のビルディング。
写真右側が昭和13年築の三号館、その左隣が昭和9年築の二号館。現在は既に取り壊されているが、更に左隣には昭和3年竣工の一号館があった。いずれも木田組の施工によるものだ。

※図版・・・・・「建築雑誌」昭和14年1月号
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★参考文献・・・・・・「木田保造」木田組編纂、昭和16年
★撮影・・・・・1999年4月、2000年5月、2001年3月、2004年6月、2009年3月・6月