千葉・旧神谷伝兵衛稲毛別荘(大正モダン邸宅探訪)

◆旧神谷伝兵衛稲毛別荘
　　・・・・・千葉稲毛に残るワイン王が建てた大正竣工のモダン別邸


　今回からは8月と9月に訪れた千葉県の千葉市と野田市に残る、大正期から昭和初期に竣工したモダン建築を幾つか紹介していきたいと思う。
　そういう事で本日取り上げるのは、千葉市の稲毛の旧海岸沿いに残るワイン王・神谷伝兵衛(1856～1922)の別荘。神谷といえば茨城県の牛久に残る煉瓦造りのワインシャトー、浅草の神谷バーの創業者、そして〔電気ブラン〕の開発者として知られるが、その神谷が建てた大正モダンな別荘が千葉にあると聞き、8月のよく晴れたとある日久々に千葉へと出掛けたのであった。

　いかにも昔ながらの私鉄沿線の駅といった感じの京成稲毛駅を下車し、緑の多い風情ある住宅街を歩く。途中、映画〔ラストエンペラー〕でもお馴染みの清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀の弟にあたる、愛新覚羅溥傑とその妻・浩が新婚時代を過ごしたという質素な和風邸宅を見たあと、海岸方面へと更に歩いていくと交通量の多い国道へと辿り着いた。これまで歩いてきた古い海岸沿いの町並みとは一転、現代的なニュータウンが国道から先は広がっていた。
　実はこの国道が走る場所が、旧神谷別邸が建てられた当時は海岸線だったというが、戦後から埋め立て事業がおこなわれたことにより、現在海岸はここから1キロ以上の場所まで離れてしまったという。そのような昔の海岸線の記憶として残るのが、旧神谷別邸ということになる訳だ。

　竣工当初、神谷別邸は現存する洋館のほか和館が併設されていたというが、今残るのは洋館部分のみ。しかしこの洋館は、いかにも海岸沿いの別荘といった感じの雰囲気を醸し出していた。
　外観はルネサンスを基調としつつも細部のデザインは簡略化され、いかにも大正半ばらしいモダンな出来栄え。またこの当時の住宅建築ではまだ珍しい、鉄筋コンクリートで洋館部分が建てられているというのも、旧神谷別邸の面白いところである。ちなみに国内で耐火・耐震に優れた鉄筋コンクリート建築の重要性が認められたのは、大正12年の関東大震災以降だった訳だから、この邸宅を建てさせた神谷伝兵衛や設計にあたった建築家の先見性が伺える。ちなみにこの邸宅を手掛けた建築家の名は判明していないという。

　また洋館内は1階に洋室、2階に和室が置かれている。またこちらの洋館はゲストハウスの意味合いが強かったのだろうか、室内至る場所に神谷の稼業である葡萄のモチーフが用いられている。外観のモダンさに対し少しくどい感じもする室内ではあるが、来客にはこのような演出も喜ばれたのであろう。
　またこの邸宅の家主・神谷伝兵衛は、このモダンな別邸が竣工した4年後の大正11年に66歳で逝去している。稲毛の海を堪能できたのはほんの僅かの間だけだったという訳だ・・・・。

◆旧神谷伝兵衛稲毛別荘(千葉市民ギャラリーいなげ)
　◎設計：不詳
　◎施工：不詳
　◎竣工：大正7(1918)年
　◎構造：鉄筋コンクリート造2階建て、地下1階
　◎所在地：千葉市稲毛区稲毛1-8-35
　　❖国登録有形文化財
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一階洋室の暖炉タイルはアールヌーヴォー調。
二階は和室。
和室にも葡萄の図柄が・・・・。
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★参考文献・・・・・「歴史遺産　日本の洋館　第三巻　大正編Ⅰ」藤森照信氏著、2002年、講談社刊
★撮影・・・・・2010年8月