函館・旧泉泰三邸(建築家・関根要太郎設計作品研究)その2

◆函館・泉泰三邸とそのデザインについて
　・・・・・函館南部坂にあった鉄筋コンクリート製モダン住宅


　こちらでも前項に引き続き、こちらでも関根要太郎・山中節治設計の函館・旧泉泰三邸(大正12年築、現存せず)の解説を続けさせていただきたい。

　先にも紹介したように、この泉泰三邸は当時としてはまだ珍しい鉄筋コンクリートで建てられたものだが、どのようなデザインだったのだろうか。
　当時の資料が限定されているが、泉邸が着工されてまもない大正12年2月に発行された山中節治の作品集『建築圖案　文化生活と其の住宅』には、〔清楚なコンクリートの住宅〕というタイトルで泉邸の設計プランが紹介されている。外観のデザインは、関根・山中兄弟がこれまでの作品でよく取り入れていた〔ユーゲントシュティルティル〕色の薄いもので、三角形状になったボウウインドウや、軒周りやエントランス周りに取り付けられたスパニッシュ風と思わしき瓦など、これまでの関根・山中作品にはない新しさを感じさせる作風になっている。

　そしてこの邸宅で鉄筋コンクリート製という構造のほかに着目すべき点は、ボイラーシステムや水洗トイレなどが完備したという所である。既に国内のオフィスビルディングや学校施設では、これらの施設を取り入れたものは多くあったようだが、住宅に関してはまだ珍しい事例だったと考えられる。
　また前項で紹介した泉泰三の娘さんのお話によると、ボイラー室担当の侍従もいたそうだが、これがよく故障したとのことで、そのたびに近所の銭湯に通っていたそうだ。
　
　なおこれまで関根要太郎は、函館での設計竣工作品を建築関連の雑誌でたびたび紹介していたが、〔建築新潮〕という月刊誌の大正13年3月号にて竣工まもない泉泰三邸を発表している。

　但し、これまでの竣工写真や設計図の写真を紹介するという形ではなく、このとき関根はちょっとしたアイディアを閃いたようだ。それはこの邸宅の主・泉泰三夫人のマサエさんに、この邸宅の感想を書いて貰うというもの。大正期というと女性の観点から見た住宅改良が叫ばれていた時期、関根も女性や家族を通しての住宅の在り方をマサエ夫人に代弁して貰おうとしたのかも知れない。

　またこれ以降も関根・山中兄弟と泉家の親交は続き、関根は泉家のセカンドハウスである泉合名会社湯の川住宅(大正15年ころ築、現存せず)、山中は泉泰三が幹事を務めていた函館競馬倶楽部の競馬場スタンド(昭和5年築、現存せず)の設計を担当。なお関根と泉泰三との交流は、昭和9年3月22日の函館大火で泉夫妻が亡くなる直前まで続いている。

　大正の末に当時最先端のコンクリート住宅を建てた泉泰三。しかし正義感溢れるその人柄を知ると、泉は函館の住宅改良を考えこの邸宅を建てたのではないかとも思えてきてしまう。
　ちなみにこの旧泉邸の建つ場所は、津軽海峡から函館湾そして函館の町を一望できるという場所。在りし日の泉は、モダンな自邸の庭先から見える函館の街の景色を見ながら、この街のより良い未来を考えていたに違いない・・・・・。

★泉邸のあった南部坂
　写真左手、白いマンションの場所に泉泰三邸は建っていた。
現在は当時の石垣のみが残っている。
★昭和9年大火直後の泉泰三邸　〔★B〕

昭和9年3月の大火発生直後、函館を見舞った関根要太郎が撮影したもの。南部坂下より撮影。
このときの大火で周辺家屋は炎上倒壊するなか泉邸はほぼ無傷だったそうだが、泉泰三・マサエ夫妻や一部の家族は避難途中の新川橋畔で不慮の死を遂げている。

★雑誌「建築新潮」に発表された泉泰三邸の竣工記事　　〔★E〕

本文でも紹介した泉家夫人・マサエさんによる新居の感想文。なおマサエ夫人は文学に造詣の深かった人だったという。なお泉邸は洋室・和室など、10の部屋が設けられていたという。
★山中節治設計による泉邸の類似作品　〔★F〕

大正14年、雑誌「建築画報」に〔或る事務所の透視図〕というタイトルで発表された山中作のスケッチ。実際に施工されたかは不明だが、エントランスとその先に尖った三角形のボウウインドウのデザインなどが、函館・泉邸と相通じる。

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★参考作品：東京に現存する大正期竣工のコンクリート住宅
★建築家・阿部美樹志自邸(大正13年築)

こちらは都内某所に建つ建築家・阿部美樹志(1883~1965)の自邸。
東京都内では大正12年の関東大震災を機に、鉄筋コンクリート製の邸宅が実験的に幾つか建てられたようだ。しかし莫大な建設費や竣工後に多く課せられる家屋税(固定資産税)の問題から、一般に普及しなかったようである。
また今回紹介した函館の旧泉泰三邸の着工は、関東大震災前の大正11年頃だったと事を考えると、設計者である関根・山中兄弟や施主の泉泰三の先見性が伺えるのではないだろうか。

❖またこちらを持ちまして、泉泰三邸の連載を終了させていただきます。
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★図版・・・・・〔★A〕→「建築圖案　文化生活と其の住宅」山中節治著、大正12年
　　　　　　　 〔★B〕→「函館の火災報告」　関根要太郎著、昭和9年
　　　　　　 　 〔★E〕→「建築新潮」大正13年3月号
　 　　　　 　　〔★F〕→「建築画報」大正14年2月号