東京新富町の旧松竹キネマ本社(昭和モダン建築探訪)

◆旧松竹キネマ本社
　・・・・・銀座の隣町・新富町にある、昭和2年竣工のキュビスム系モダンビル


　東京の街を歩いていると、以前に比べればその数こそ確かに減ったが、その町ごとに魅力的なレトロな建物が必ずといっていいほど何軒か残っている。それらの建物を通じ昔の東京の街並みや暮らしを想像するのが、街歩きの醍醐味ではないかと最近更に痛感するようになった。

　そういう事で、今回紹介する新富町の菊栄宗酒造ビル(昭和2年築)も、昔の東京を想像できるとても素敵な建物としてお勧めしたいビルの一つである。
　現在この建物は酒造メーカーの事務所として使われているが、もとは松竹映画の本社として建てられたもの。この建物が竣工した昭和2年以降というと、国内でも映画が大衆の娯楽として普及・定着していった時期だった訳だから、このビルディングはまさに文化の発信地ともいえる場所だったのだろう。

　一見して白い平凡なビルと思われるかも知れないが、この建物には昭和文化の発信地らしいモダンなデザインが各所に見られる。
　まず最初の特徴と言えるのが、各階の間が少し反りかえったようになっているデザイン。これは20世紀初頭、東欧のチェコで流行したキュビスムの影響を受けたもので、1920年代の日本でもアールデコの一部として当時の建築デザインによく用いられたもの。現存する建物では、函館の旧百十三銀行(昭和2年築、設計：関根要太郎)の軒まわりにも、これに似たデザインが使われている。
　当時の最新文化だった映画会社のビルということもあり、当時としては大胆だったモダンデザインを採用したのではないかと想像する。なお最上階は、後年に増築されたものである。

　また派手ばかりではなく、スクラッチタイルが貼られた一階部分は、逆に本社ビルらしい落ち着いた佇まい。また玄関上の幾何学的なタイルの貼り方なども、なかなか凝っている。派手さを兼ね備えつつシックに纏めるという、昭和初期の日本らしいセンスも伺える素晴らしい作品だ。

　なおこのビルが竣工した当初、建物の前を走る首都高には隅田川から繋がる運河が流れていたとのこと。運河畔に建つこの建物も、なかなか絵になったに違いない。
　またこの界隈の運河跡を巡ると、三吉橋のすぐ近くにある鈴木ビル(昭和4年築、設計：山中節治)や、明石町の区立明石小学校(大正15年築)など、その当時に建てられた美しい建築作品が幾つか現存している。首都高が運河だった時代を想像しながら、歩きたくなる一帯だ。

◆松竹キネマ本社(現・築地菊栄ビル)
　◎設計：大林組
　◎施工：大林組
　◎竣工：昭和2(1927)年
　◎構造：鉄骨鉄筋コンクリート造り5階建て　(6階は後年の増築)
　◎所在地：東京都中央区新富町2-7-7

※なおこの建物の内部見学はできません。予めご了承ください。
玄関上はスクラッチタイルによる幾何学的なデザイン。
各階間の反ったデザインは、チェコのキュビズム建築を連想させる。写真下手に写るのは首都高速。かってここには隅田川へと繋がる運河が流れていた。
なお左の築地橋には都電(路面電車)が走っていた。
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★撮影・・・・・2009年4月