東京・銀座の松屋デパート(木田保造・設計施工作品探訪)その1

◆東京・銀座の松屋デパート
　・・・・・築80数年経った今も健在、木田保造の設計施工によるデパート建築


　ここ２週間ほど、大正・昭和初期にかけて活躍した請負師の木田保造（1885～1940）の東京での建築作品を紹介させていただいたが、今回でひとまず最終回。

　その最後に取り上げるのは、木田保造の代表作ともいえる東京・銀座の松屋デパートである。木田保造率いる木田組の設計・施工により、大正１１(1922)年の２月に着工されたこの建物は、約３年の歳月を要し大正１４(1925)年４月に竣工した、鉄骨鉄筋コンクリート造り８階建ての、その当時としては東京を代表する巨大建築だった。
　また一面ガラス張りになった現在の銀座松屋からは想像が付かないが、中央通りに面した建物右側部分は大正１４年に竣工したもの。戦後になり松屋は店舗の増築・改修を繰り返し、竣工当時の面影を残している箇所が数少ないこともあり、築８０数年経った歴史ある建物だということは殆ど知られていないようである。

　現在、松屋デパートとして使われているビルディング建設の話が持ち上がったのは、大正１０(1921)年より少し前のこと。当初は第一徴兵保険という会社の自社ビルとして、建設が計画されている。木田保造はこれ以前に同社の事務所の建築施工を手掛けた縁で、このビルの建設を引き受けたようだ。
　また工事開始から数か月が経った大正１１(1922)年の暮れ、東京神田の今川橋に店舗を構えていた松屋呉服店が、この建物の大部分を借りることで話が纏まる。そして木田は建物内の設計をデパート仕様に大幅に変更し、建設工事は続けられる。そして木田にとっては東京・日本橋の白木屋百貨店(大正6年築、現存せず)、函館の丸井今井百貨店(大正12年築)に次ぐデパート建築の設計・施工の仕事になった。

　なお銀座松屋の基本デザインを手掛けたのは、当時木田組に所属していた本間乙彦(旧性：稲田、1892～1937)という当時２０代後半の若き建築家。ちなみにこの本間は、大正３(1914)年に東京工業高等学校を卒業し、同窓生の建築家・関根要太郎(1889～1959)の紹介により木田組に就職していた。関根要太郎と木田保造は生涯に渡り親友関係だったこともあり、生前の二人の足跡を辿って行くと、このようなエピソードに度々出会う。

　当初は第一徴兵保険のオフィスとして建てる予定だった銀座松屋。オフィスからデパートの設計変更に際し、建物内に１階から８階まで吹き抜けになった大ホールの設置など、来客者を魅せるための工夫が施されたようだ。またこれらのデパート建築への仕様変更は、大正８年から９年に木田がおこなった欧米への建築視察旅行の際に見た、本場のデパート建築からアイディアを得たものだという。
　また大正１２年９月の関東大震災発生後に起きた火災により、建設中の鉄骨が曲がるというアクシデントに見舞われたが、大正１４年春、東洋随一の大デパートメントストア・松屋呉服店は竣工した。当時はルネサンス風の威風堂々とした外観。東京っ子たちは、巨大デパートの出現に度肝を抜かされたに違いない。

　平成の現在、松屋の外観は今風のお化粧が施されているが、この建物の骨格は木田保造が造りあげたもの。建物の一部には現在耐震補強が施されているものの、築８０数年経った建物が今も使われていることは、建築請負師としての木田の腕が際立った仕事ではないかと思う。外観こそ変われど、銀座松屋は木田の代表作といえるのではないだろうか・・・・・。

〔冒頭の図版・・・・▲Ａ〕
◆松屋銀座店(松屋呉服店)
　◎設計：木田保造、本間乙彦(木田組)
　◎施工：木田保造(木田組)
　◎竣工：大正１４(1925)年４月
　◎構造：鉄骨鉄筋コンクリート造り８階建て、地下１階・・・・竣工時
　◎所在地：東京都中央区銀座3-6-1
　〔図版・・・▲B〕
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★銀座松屋の計画案の模型　〔図版・・・・▲Ｃ‐１〕

銀座松屋が竣工する３年半前の大正１０(1921)年、雑誌『建築世界』に発表された完成予想模型。またこの当時、松屋の入居は決まっておらず、〔銀座ビルディング〕という名称で紹介されている。
★銀座松屋の設計図　〔図版・・・・▲Ｄ〕

こちらは竣工直後、建築関連の雑誌に発表された設計図で、中央通り側のもの。外観は先程の完成予想模型と同じ作りだが、建物内はデパート仕様に大幅に設計が変更されたという。
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★銀座松屋の大ホール　〔図版・・・・▲Ｄ〕

竣工当時の松屋で大きな呼び物になったのが、１階から８階天井までが吹き抜けになった大ホール。このホールは設計者である木田保造が、この数年前におこなった欧米の建築視察旅行の際に見た、本場のデパート建築を参考にして設置したものだという。
なおこのホールは改修が施され、エスカレーターが設置されているものの、現在も健在である。また奥に見える階段の構造体も、竣工当時のまま今も使われている。

★大ホール一階部分　〔図版・・・・▲Ｃ‐２〕

こちらは現在の松屋南玄関口方面より撮影されたもので、現在エスカレーターが設置されている部分にあたる。写真でご覧いただいたアーチ型の梁は、既に撤去されている。

★大ホール一階部分　〔図版…Ｃ‐２〕
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★当時の絵葉書から　〔図版・・・・▲Ｂ〕
※なお、こちらの２点の図版部分をクリックして頂くと大きな画像にてご覧になれます。

関東大震災後の復興期にあたる大正１４年に落成した銀座松屋呉服店は、東京随一の巨大建築だったこともあり、当時の観光用絵葉書には東京名所としてたびたび登場する。
なお下の絵葉書は松屋の斜め向かいにある大倉本館(設計：三橋四郎、大正４年築)より撮影したもの。銀座和光(旧服部時計店)が竣工する前の昭和初期に撮影されたもののようだ。

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★図版・・・・・〔▲Ａ〕、『松屋百年史』　松屋発行、昭和44年
　　　　　　　　〔▲Ｂ〕、当時の絵葉書より、筆者所蔵
　　　　　　　　〔▲Ｃ‐1〕、『建築世界』、大正10年12月号
　　　　　　　　〔▲Ｃ‐2〕、『建築世界』、大正14年11月号
　　　　　　　　〔▲Ｄ〕、『工事画報』、大正15年2月号
★参考文献・・・・・「松屋百年史」、松屋社史編集委員会、同社発行、昭和44年
　　　　　　　　　　　「工事画報」、大正15年2月号
　　　　　　　　　　　「住宅」、昭和12年10月号所載・『追憶・本間乙彦君を億ぶ』、関根要太郎による追悼文
　　　　　　　　　　　「百貨店の誕生」、初田亨氏著、平成11年、ちくま学芸文庫
　　　　　　　　　　　「木田保造」、木田組編纂発行、昭和16年